2018年 04月07日 曇り 強風すごい強風

 

 今日、ガス抜き退院しました。

 途中3日程の中断がございましたが60日余の連続入院は初めてでして、世の中季節はどんどん進んでおりまして若葉まばゆい季節となっていました。

 瀬戸内の春の風物「いかなごの釘煮」が入院中に届いていたのですが、一時外泊の折に慌ただしく一つまみしただけで病院に戻ってしまいました。

 今晩、夕食は白いご飯に「いかなごの釘煮」、大事にとっておいた信州の幼馴染が送ってくれたたくあんの漬物をメインデッシュにじっくりと遅れてしまいましたが春をゆったりと味わいました。

 この他に食卓を贅沢に賑わしてくれたのが、竹林の会のAさんが私の退院祝いのために竹林を必死で探して初物の筍を届けてくれました。

 必死の1本でしたので遠慮したのですが、「何はともあれ竹林の会会長に初物を退院祝いとして届けたかったので遠慮なく受け取ってください」とのことでしたので遠慮なくいただきました。

 遅れて味わう春先の風物詩と、若葉の候の走りの筍が食卓を飾り何とも贅沢な夕食でした。

 良い友の恵まれました。

 我が家は落ち着きますね。

 退院の時、看護師さんや掃除のおばさんにまで「今度は2〜3日で戻らないように気を付けてお過ごしくださいね」と見送っていただきましたので、慎重な生活態度です。

 

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2018年 04月06日 曇り 強風 風強し。

 

 今晩は千葉在住の高校同期生を中心に八王子、川口、杉並等から西千葉・千葉キャンパスに集まって花見の宴です。

 宴は近くの寿司屋さん。

 私は3月4日に再入院していくら長引いても3月一杯には退院できるだろうと思っていたのですが、数値は下がらず却って上がり気味で退院のたの字も主治医からは聞こえてこない。

 とうとう涙を呑んで4月3日に幹事のT君に欠席の旨を連絡する。

 2月3日の節分の日から数えると、中3日の在宅がありましたがほゞ丸2カ月の入院生活。

 昨日の回診の時主治医に「あと1週間か10日このまま入院が続きますと、さすがの私でも心折れてしまいます。明日、妻が4時頃来院しますのでお時間をいただき、現状、今後の治療方針等をお聞かせ頂きませんか?」

 本日4時半より面談。

 妻も「主人も心折れてしまう限界かもしれませんが、私も雨戸を叩く風の音にも目が覚めてこの2か月間熟睡していません。先日の外泊の折、久しぶりに熟睡しました。

 今の薬の服用だけの治療ですと自宅にいても出来ると思います。一度退院させていただけませんか?」

 「まだまだ感染値が大きく上下しますし、体温も午後になると熱が出て不安定です。でもお二人のメンタルの不安定も理解出来ます。ではガス抜き退院を認めましょう」

 「そのかわり、週2回の外来診察、1日4回の体温測定と折れ線グラフの提出、何か異常があったらすぐ入院してください」

 何かスッキリしない退院ですが、兎に角病院のベッドから解放されることになりました。

 「では、来週の月曜日退院でよろしいですか?」

 「来週の月曜日は孫娘の入学式です。善は急げ!明日の土曜日の退院にしていただけませんか?」

 「結構です。では、明日退院にしましょう。くれぐれも動きすぎないように安静にしていてください」

 夫婦で「ヤッター」

 

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2018年 04月04日 晴れ 夏日・汗ばむ暑さ。

 

 気温が上がったり下がったりでせわしない天気の移り変わりです。

 先日、テニス仲間のS女史のご主人が入院してきました。

 入院手続きを済ませて病棟に向かう廊下でバッタリ。

 声を掛けると奥さんはすぐ気が付いたが、ご主人は眼が虚ろ、宙を泳いでいる様子。

 ご主人もやっと私に気づき、いろいろ雑談をしながら病棟へ。

 東病棟の同じ階、部屋は1部屋離れた病室。

 ここでご主人もやっと落ち着いたか、私の顔を見ると”地獄で仏”のようにすがるような目つき。

 今までが頑強で病気をしたことのない方なので、はじめてに近い入院に不安が募り心細かった様子。

 1昨日の昼食から食堂に誘い二人でワイワイ言いながらの賑やかな食事となる。

 次の日の朝食は、私の同室のTさんが点滴も取れて身軽になり軽やかに食堂へ。

 私とTさんの賑やかな食事風景を見て合流。

 今朝はもう一人の同室のMさんも合流して4人で馬鹿っ話をしてワイワイ、ガヤガヤ超賑やかな食事となりました。

 あまりにも話が弾んで、老人特有の声がだんだん大きくなる現象が現れて、ナースセンターから看護師さんが飛んできて「もう少し声のトーンを落としていただけませんか?」

 4人ともどこが悪いの?と聞かれるくらいに元気溌剌の声が戻ってきました。

 話が弾んで部屋に戻る時間も忘れて、看護師さんの朝の検温の時間も忘れていると、担当看護師さんが「やっぱりここでしたか!。

3人同室の患者さんが一緒ですから手間が省けます」

 病は気から。楽しい会話で病気も近づくのをためらっているんではないでしょうか?

 

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2018年 04月03日 曇り 花曇り。

 

 山桜が満開になってきました。

 

   

 病院の託児所脇の枝垂れ桜       病院の脇の民家の花桃

 

    

 正面ロータリーの山桜         力強い幹

 

 山桜が散る頃、筍の初堀です。

 昨年は花祭り、4月8日に初物を掘りました。

 今年は入院が長引き、1月の在宅日数は17日、2月はたったの3日、3月もたったの3日だけでした。

 よくまぁこれだけの長い日数を入院していたものです。

 退院を視野に入れて、3月29日は9時間の一時帰宅。

 長女とT君、Sちゃんが来てくれてにぎやかに花見。

 熱は微熱程度でしたが感染値は大幅アップ。

 引き続き、主治医が1泊の試験外泊にトライさせてくれて、3月30日、31日と我が家に1泊。

 あまり動かないようにしていたのですが、家の周りはまだ冬支度が残ったまま。

 取り敢えず月下美人を温室から出して日に当たらせる。

 葉をコンパクトにまとめていたネットも外し、やっと葉の一枚一枚に日が差す。

 今回はこの程度の作業で止めておく。

 日曜日の夕方病院に戻ると多少熱がある感じ。

 翌朝の検温では38.8まで上がる。

 解熱剤を飲んで月曜日は一日静養。

 「百瀬さん、朝の採血結果は大幅に数値が上がっていました。ご希望の花祭りまでには退院の予定は取り消しですね」

 「なんと言う非常な通告」

 今まで、筍を送っていた方々へ。

 退院時期が未定で筍掘りができません。

 また退院が早まってもあの筍掘りの重労働は全く体力がなくなっており出来なくなりました。

 来年に気を繋げてお待ちください。

 

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2018年 03月31日 晴れ 花冷えの朝夕。

 

 3月も今日まで。もう3カ月が過ぎたのですね。

 産経新聞で昨日までで5回にわたり、相沢病院理事長・相沢孝夫氏の(話の肖像画)が終わりました。

 バブルの崩壊から時代の変化で、相沢理事長はあわや倒産の一歩手前までの修羅場を乗り越えてこられたんですね。

 時代の流れの先の病院のあるべき姿は確固たる青写真を持っており、妥協をせずに一つずつ丁寧に乗り越えてこられてのが今の相沢病院であり、けれんみのない自然体の相沢理事長の人柄なんですね。

 小平奈緒を採用したのも、なんとか長野県で就職し、長野県で頑張りたいと言う小平選手の希望に、今の相沢病院なら小平選手を無理なく雇用して、無理なく海外遠征費用などもサポートできるという、さりげない自然体での決断でした。

 修羅場を乗り切って心穏やかに達観なされた方の境地なんでしょうね。

 この相沢理事長のさりげない自然体の温かさが、平昌オリンピックで小平奈緒選手の好敵手・2位になった韓国の選手へのさりげない優しさとお互いにベストをつくした讃えあいだったのでしょう。

 この1週間多少のご縁のあった相沢病院理事長・相沢孝夫氏の一文で勉強させていただきました。

 

 《相沢理事長の最終章の文章の締めくくり》

 彼女を支えるため無理したこともないし、広告塔になってほしいとなんてことも考えていなかった。今も考えていません。

 ごく自然の流れがいまにつながっているだけなんです。どこの院長や理事長も味わえないことを味わわせてくれて、職員も患者さんも喜んでいます。

 僕の思いは一言だけ。小平さん、ありがとう。それだけです。

 

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